“映画のチカラ” 第1回

<アナと雪の女王>

ひょっとしたら、この台本を書いたのは女性じゃないかな? やっぱりそうだった。
ジェニファー・リー。
彼女は共同監督にもクレジットされている。ディズニーが最初に手がけた『白雪姫』(1934年)から80周年。その間、女性監督の作品はなく、第53作目のこの長編アニメーションにして初めての抜擢だという。
だからメガヒットしたのだと私は信じる。登場人物それぞれの感情がみずみずしく表現されていて、セリフがイキイキ。テンポが速い。感覚があざやかだ。

テーマは一応“姉妹愛”と謳われているが観客の一人ひとりのハートにはもっと深く心地よく触れるものがあったはずだ。
リピーターが多かったのはそのせいだと思う。

エルサだけではない。ほとんどの男と女が自分自身を何かで縛っていて、それから解放されたいと願っている。
つまり原題『FROZEN』の意味がそこにある。オープニングのシーンは、映画『レミゼラブル』のはじまりを連想させる暗い苦しそうな人びとの歌と踊り。少年クリストフとスヴェンだけが明るい。

アニメに限らず、多くの映画は善悪のキャラクターに分かれて対立する構図でストーリーが進行しがちだが『アナと雪の女王』は別だ。
エルサ、アナ、クリストフ、オラフ、スヴェン、トロールたち。彼らはこよなくチャーミングで、観客は共感しないではいられない。対立どころか対話したくなるのだ。彼らのこころ、彼らの想いと過ごす時間と空間は楽しい。

人は誰もがパーフェクトではないのだが、意識のどこかでパーフェクトに近づこうとして自分を責めたりおとしめたり。ありのままでは欠点だらけだと自己チェックしてみたり。
でもパーフェクトでなんかなくていい。恥をかいてもいい。困っていい。迷惑をかけていい。助けてと叫んでもいいのだ。強いフリは疲れる。もうやめよう。
これからは自分の弱点や現状をさらけ出し誰かの力をもとめてもいいのだ。求める手には与える手が待っている。

「愛は、自分より相手のためを想うこと」とオラフが言い、アナのために溶けかかる。
それは前時代的な犠牲や献身の愛ではない。相手を理解し信頼し相手を想うからこそ生まれる魔法の力だ。
その魔法は、エルサの魔法体質さえ変えることができたではないか。

雪がいっぱいの氷のスクリーンでありながら、『アナと雪の女王』は北風が春を運んでくるように観客のこころに花のタネと発芽力を蒔いていく。
五感に訴えてくる長編アニメーションの傑作だ。